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院長の独り言

2019.03.02 ・・・

靖国神社参拝

 こんにちは、院長の徳丸です。先日、勉強会の合間に靖国神社の正式参拝に行って参りました。これまでも通常の参拝には行っておりましたが、昇殿しての参拝は初めてでした。一般的な参拝は正面の大鳥居向こうに見える拝殿にての参拝です。この拝殿の奥に御本殿があり、正式参拝に申込むと玉串料を納め、神職の方に案内され、本殿にて大鏡の前でお祓いを受け参拝するのです。御本殿に行ったのは初めてですが、都会の真ん中である事を忘れるような厳かな佇まいで身が引き締まり緊張しました。
 「英霊の皆さま、この国を護るために戦って頂き、本当に有難うございます。その貴い振る舞いのおかげで私達が今生かされております。甚だ未熟者ではありますが、皆さまが護らんとしたこの国を護ってまいりたいと思っております。どうか安らかにおられてください」と心に思い、巫女さんに頂いたお神酒を御本殿に向かって飲み干し、又、参拝させて頂くことをお約束させて頂きました。
 {靖国神社への参拝は「顕彰」けんしょうであって「慰霊」「追悼」ではない}との言葉を耳にすることがあります。「顕彰」とは、その人の功績などを世間に知らせ、表彰することであり、靖国神社の参拝はあくまで英霊の皆さまの功績を讃え、感謝することで、決して「慰霊」→霊魂を慰めることではないという事ですね。
 ついでに言うと「追悼」→死者を偲んで、悼み悲しむこと。「慰霊」に近い感覚でしょうか。「慰霊」「追悼」ではないというのは確かにその通りなのだろうと思うのです。例えば、小泉さんが首相時代、靖国参拝の理由について、「心ならずも戦場に赴いた人々に哀悼を…」のようなことを言った事について、戦後30年近くフィリピンで終戦を知らず戦い続けていた、あの小野田寛郎さんが言っています。「既婚者は、家族を遺して死ぬことに心残りもあったかもしれないけれど、独身の若い者たちは自分が先頭に立って戦わねば、と皆思っていた。年寄りを前に立たせたって仕方ないのですから。若い人は覚悟を決めていました。「心ならずも」なんていう気持ちで特攻機に乗れますか?」「心ならずも…」などと言われると何か侮辱されているようだとも仰っておられたそうです。
 国を護るため、家族を護るため命を賭してこの誇り高き任務に赴いた。もちろん死にたかったわけではありますまい。しかし「イヤイヤ戦地に送り込まれ、不幸にも命を落とした哀れな犠牲者」などと扱われるのはまさに「侮辱」でありましょう。そういう意味では「慰霊」だけでも「追悼」だけでもだめでしょう。英霊の皆さまに感謝し、魂が安らかである事を祈る。政治問題などと関係のないところで参拝する私は、まず「顕彰」があり、慰霊」「追悼」の念をもつ、それで良いと思っております。
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